【第1話】「無条件の肯定的受容」

Mはカール・ロジャーズ先生を尊敬している。今回は、M流の「無条件の肯定的受容」について話す。Mは20代後半から30代前半は、求人広告の営業の仕事に従事。無料の求人誌は無く、有料販売。とらばーゆ・dodaは当時の流行語になった。今から30年位前の話。indeed等のネット求人は存在せず。アイデム等の折込求人紙はあったが、京都新聞等の新聞の求人欄が主流。今では信じられない。     

Mの担当エリアは、大阪市内の浪速区・天王寺区・堺市。これらのエリアの企業に飛び込み営業をかける。1日20件の訪問では仕事につながる得意先に出会えないが、40件訪問すると1,2件は話を聞いてくれる企業が現れる。いわゆる見込み客ができる。お客様に気に入ってもらえれば、次は御用聞き営業。お客様が欲しがる情報を訊き出す。例えば、同業他社の賃金水準・待遇。ときには新人研修のノウハウ等々の情報をせっせと提供。何度も通うと、親しくなるのは当然だが、その企業が目指す人事戦略を把握することができた。

Mはそれまで営業経験はなし。お客様は主に中小企業の社長・専務・人事部長。Mが取った営業トークは、お客様のゴルフ・釣り等の趣味の武勇伝、社員の愚痴・時には家族の愚痴をひたすら熱心に聴くこと。お客様は若くて40代。50代・60代が多かった。Mとは親子ほどの年の差があった。Mは、大袈裟に前かがみで、大きく頷き、両手を広げてオーバーアクション気味に聴く。

もちろん当時はカウンセリングのカの字も知らなかったが、ただ心がけていたことは、無心で聴く。相手の懐に入り込むように聴く。このトークでお客様の信頼を勝ち取り、求人広告の発注を受けることができた。今から思えば、Mが取った行動は、「無条件の肯定的受容」に通じないだろうか。

Mが考える「無条件の肯定的受容」とは、無心で誠実にクライアントの話を聴く姿勢から始まると理解している。

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