【第5話】職業訓練/体験編
Mの紹介/とある中核市の社会福祉事務所の就労支援員。今年で13年目。今まで400人以上の人の就労支援に携わっている。
今回はMの職業訓練の体験について。1999年介護保険開始の前年にホームヘルパー養成講座2級課程を受講。当時のMの状況は約10年間勤めた広告代理店が倒産。雇用保険の基本手当を受給中に受講。
この講座を選んだ理由。今までは中小企業の求人広告の仕事に従事。これからは介護保険の時代と考え、高齢化社会の世界で自分の力を試してみたいという思いがあったから。
20名の同級生は女性よりも男性が多く、年齢は50代が中心。希望退職に手を挙げた早期退職者が3割。
授業は介護の技術の取得がメインの中、週に1回はコミュニケーション力をアップする授業があり、内容は心理学を取り入れていたユニークなものであった。
一番人気があった授業はクレヨンで絵を描くこと。小学校の低学年で卒業していたクレヨンの感触は、失業中でこれからどうしようと落ち込んでいるMの心を和ませてくれた。同じような思いは他の受講者もしていたと推測。お題はこれから行きたい場所・旅行で行った思い出の風景等々。描いた絵を皆の前で話すのが新鮮で楽しかった。
毎回授業の始めに名札が配られる。その日に呼んでほしい名前を12色のクレヨンで書く。最初は黒で上の苗字を書く人がほとんど。6回目位になると、下の名前で書くようになり、最後は子どもの頃に呼ばれていたニックネームを書く人ばかりになった。
Tさんは元家庭用品会社の設計部の部長。社長が交代。息子の代になるのを機に社長から退職勧奨。いわゆる技術畑の堅物。皆より遅れて下の名前で書くようになったが、黒色しか使えなかった。しかし、最後の授業で黄色・緑・水色等々の色で書くようになっていた。
Mの勝手な思い。Tさんの固まっていた心の氷が3か月間かけて解けたのではないか。Tさんの名札を見てとても嬉しかった。時と場合によるかもしれないが、クレヨンで描く行為には人の心を開放する力がある。